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スワヒリ語

masasiに帰って気付いたことがある。それは、
masasiではタンザニア人のスワヒリ語が聞き取れ、
また自分のスワヒリ語が彼らに通じるということ。

タンザニア内では、どこでもスワヒリ語が通じる。
タンザニアが平和なのは、120を超える部族が生活していても、
彼らがスワヒリ語という共通語を通じてコミュニケーションができるからといわれている。※それぞれの部族は部族語も使っている
そんな背景もあって、不思議なことに彼らは、肌の色の違う外国人だろうと
スワヒリ語が話せる前提で話しかけてくる。「Mambo vipi?」
日本人が外国人をみれば、おそらく「ハロー」と言うだろう。

で今、俺は半年以上タンザニアにいるわけだから、自分は
日常会話程度ならスワヒリ語が話せると思っていた。旅に出る前は。

しかし旅の途中、挨拶をしても「え?」と聞き返される機会が多くあった。
しゃべっていても、いまいち伝わってなかったり、また彼らが何を
いっているのか、殆どわからないことがあった。
「俺こんなにしゃべれなかったっけ?」と焦った記憶がある。
特に南西部、ザンジバルにいた時、それを感じた。

それがmasasiでは言葉が通じる。喋っているのは同じスワヒリ語なのに。

今回の旅で気付いたのは、スワヒリ語にも方言があるということ。
恐らく、同じスワヒリ語でも地域によって微妙にイントネーションや
言い回しが異なったりするんだろう。だから通じにくいんだと思う。
日本語でも、関西弁、博多弁、秋田弁は大きく異なる。それと同じ。
多分日本程、違いは大きくないと思うけど。


そんなことを考えながら、今回の旅行ではそれだけたくさんの地域を回って、
いろんな文化を見ることができたなぁと、貴重な経験を幸せに思った。

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safari2 masasi

7/28 Dar Es Salaam -> Masasi

朝5時30分ウブンゴ発のバスに乗り、マサシへ帰る。
辺りはまだ暗い。
これまでこのブログではmasasi批判ばかりしてきた(?)けど、
実はザンジバルあたりから無性にmasasiが恋しくなって、
もっと遊びたいと思う一方で、早く帰りたいと思っていた所もある。

masasiへは大型バスで一本。途中で未舗装路が2時間位続き、
普通は9~10時間位で到着する。途方もなく長く聞こえるけど、
この旅では、もはやびっくりする時間でもない。
思えばこの旅で、体が「バスモード」を覚え、座りつづけることに対する体力が増した。
トイレのバッチ方式(貯めて処理する)や、
スタンバイモード(すぐ起きれる状態で寝る)を体得した。

途中、バスが壊れて1時間位足止めを食らった。
バスがmasasiに近づくにつれ、懐かしい風景を目にすることになった。
止まったバスにワラワラと寄ってくる物売り、みんな同じものを売っている。
油で挙げた魚を、油を十分に切らずにそのまま紙袋の中に入れて
車内に持ち込む乗客。紙袋からはぽたぽた油が垂れている。
窓から鶏を買い、バスの床にその骨を捨てる子供。
無駄に大声な人々。

いよいよ戻ってきた。やっぱりここが「中枢」。
masasiに近づくにつれて、人々が変わっていくように思えた。

結局、11時間30分かかってmasasiに到着したときは、
疲労感よりも、無事に帰郷した安堵感が大きかった。
出発したときよりもバススタンドが小さく感じた。
案の定、電気はない。

safari2 Dar

7/24 移動なし

JICA事務所で用事を済ませた後、
ダルで生活する同期隊員の家にお邪魔し、ダラダラする。
マサシでは食べられない中華料理を食べ、ブロッコリーの食感に感動する。
※ブロッコリーはマサシでは手に入らない。
その後、生でジャズバンドが聴けるバーに行く。
やっぱダルはすごい。


7/25 移動なし

夜、日本企業の方の家にお邪魔し、
鍋やらデザートやら、鼻血が出るほど美味しい料理を頂く。
ダル大学に留学している学生や、タンザニアに色々な形で関わる人たちが関わって、
めっちゃ楽しかった。
12月に、チャリティーイベントをやることになった。


7/26 移動なし

昼間、ウガンダに派遣されている同期隊員がタンザニアに旅行に来ているとの
ことなので、ランチを一緒にすることに。久しぶりに会ったけど元気そうだった。
活動も順調な様子。なによりだ。
夕方、明後日マサシに帰るためのバスチケットを買うべく、
ダルで一番大きなバスターミナル、「ウブンゴ」バスターミナルに行く。


7/27 移動なし

日中、タンザニア人の友達と会う。
昔はまったく会話ができなかったのに、今は意外に会話になっていて驚く。
相手が考えていることを聞くことや、自分の意見が言えるようになることは、
本当に楽しい。特に、主張が強い俺みたいな人間には。

午後はまたダル同期隊員の家でご飯を頂く。
なぜか彼の家で、彼と話をしているとくつろげる。

safari2 ケンドア

7/22 移動なし

同行した隊員が食あたりでダウンし、俺は疲労でダウン。
一日ゆっくりした。
隊員の部屋に泊めてもらって読んだ本の題名は、「快楽主義の追求」。


7/23 zanzibar -> Dar Es Salaam

午前中はザンジバルの北部、ケンドアに移動。バスで1時間位。
欧米人が多く滞在するリゾートエリア。すごく海がキレイらしい。
が、取りあえずいってはみたものの、天候に恵まれず、
感動できるほどキレイではない。少しだけ見て、Darに戻ることに。
天気が悪くても、キレイなことはキレイ。
晴れていれば、テンションが振り切るほど上がると思う。


午後のフェリーに乗って、片道3時間程度かけてDarに戻った。
この日はゆっくり休んで、終了。

safari2 ザンジバルTV局

同期で派遣された隊員が、ザンジバルTV局で活動している。
職種は「放送技術」。昨日のバナナ祭りにも、取材に来ていた。

良い機会(?)なので職場訪問させてもらうことに。
勉強になったし、ひとつだけハプニングがあった。

おれは昔地方のテレビ局でアルバイトをしていたことがあって、
雰囲気は知っているし、テレビ局の機に材も触ったことがある。

ザンジバルTVは昔、日本の支援を受けて設立し、
よく機材にも「日本の支援協力」とか書いてある。
大事に使われていて、今でも毎日放送している。
日本の放送局を思い出して、懐かしかった。



その仕事ぶりを見ていても、隊員も職員も、すごくがんばってる
ということが伝わってきた。特に隊員は、テレビ制作の全てに干渉して、
支援している。忙しそうだった。

生放送のニュースがあるというので、隊員の特権(?)を使ってマスター室で
様子を観察させてもらうことに。こんな経験は滅多にできない。
マスター室とは、複数ある映像の切り替えや音声の調整などをして、
最終的に完成した番組を作成し、発信したりする部屋。
スタジオに併設されていて、ガラス越しにアナウンサーが見える。

隊員はぞろぞろと関心しながら中に入っていく。
中にいた職員たちはちょっと得意気。
テレビが何台もあって、いよいよ生放送といった雰囲気が伝わってくる。
開始直前、マスター室の中にいくつかある時計を見て、あることに気がつく。
どれも指している時間がバラバラ。
恐る恐る放送技術隊員に言うと、そんなもんらしい。
日本みたいなキチッとした時間に番組は始まらないらしい。
こっちのスタンダードに、隊員も呆れてた。




暫くして、ディレクターから「本番前、3,2,1」という指示がでる。
いよいよ始まるな・・。室内に軽い緊張感が流れる。
音楽とともにニュースが始まるというイントロ映像が流れたあと、
アナウンサーが映し出される。
次の瞬間、ある「異変」に気付く。画面の中のアナウンサーは
口をパクパクさせているだけで、何も聞こえてこない。

「アレ?」

ガラスの向こうから「今日は、夕方のニュースです」と細く声が聞こえる。

「声がでてない!」一同、総慌て。
生放送。失敗はそのまま放送される。これを放送事故というのだろう。

放送事故という言葉と、目の前の光景に、「タンザニアっぽさ」を感じて、
笑ってはいけないとはわかっているけど、笑ってしまった。

しばらくして、キレイな海の景色が映っている、
「しばらくお待ちください的」な映像に切り替え、原因特定と対応に奔走する。
焦ったタンザニア人を見るのは久しぶり。
慌しいマスター室をのんびり眺めていると、OHPの下にある
ポストカードに気付く。
その絵は例の、「しばらくお待ちください的」な映像と同じ。
どうやらポストカードを映し出していただけらしい。しかもOHPで。
もし、このごたごたに乗じて俺がOHPの下に手を翳したら、
それが流れてしまう。やってはいけないことを前に、欲望をおさえるのが大変だった。

たった一度居合わせた生放送でこれだから、きっと放送事故なんて
日常茶飯事なんだろう。
呆れた放送隊員は、3つのことを指摘していた。

1.リハーサルをしない
 ⇒やってたら今回の事故は防げたはず。
2.番組の尺が適当
 ⇒ニュースの枠も、「だいたい15分」と曖昧。今回は放送事故を含めて20分位あった。
3.映像にテロップをつけない(映っている人肩書き、映像の日付や場所など)
 ⇒政治のニュースとかで、誰が映っているのかパッと見て分からない。
  つけないのは、技術的な問題ではなく、面倒だからだそうだ。


職種は違うけど、「きちんとした」仕事をさせたいって思い、
わかるなぁ・・。と共感した。

safari2 バナナ祭り 続き

バナナ祭りが終わると、同行したスリムがお昼ごはんをふるまってくれた。
土壁にからぶき屋根の民家に招かれ、出てきたのはピラウにバナナ、
オレンジ、パパイヤ、どれも大量。同僚の友達ってことだけでこんなに
よくしてくれて、本当に感謝です。
ザンジバルのピラウはスパイスが効いて美味しい。
スリムは食べる食べる。1合・・2合・・
3合以上ペロリと食べてるんじゃないだろうか。

興味深いのは、ご飯を食べる時、客人と男は一つの部屋で食べ、女は外で食べる。
男と客人の食事を優先させ、残りを女が食べる。
3歳位の男の子(スリムの息子、スリムJr)でさえ、完全に男としての扱いを受け、
男と客人と一緒に食べる。

これがここのイスラム文化なんだろう。
はっきり言って俺には馴染めないけど、
これが文化なのだから、俺の立場からそれを否定するのもおかしい。
彼ら自身に「男尊女卑」というのものさしが通用するのかも分からない。
だって彼ら「男女」が受け入れているのなら、男尊女卑なんて言葉や考え方は、
自分の文化を押しつけるエゴでしかない。

ご飯が終わると、海に遊びに行くことに。
すごくキレイ。こんなキレイな海は見たことがあっただろうか。
エメラルドグリーンの海、真っ白な砂浜、真っ青な空。そして潮風。
ここにきて微熱が吹っ飛んだ。




スリムの3人の子供たちと一緒に、砂浜で4時間位遊んだ。
みんな、海に入るのをすごく怖がる。
渚で、キャッキャと叫びながら波と戯れる。
抱き上げて海水に漬けようとすると、嬉しそうに悲鳴を上げる。


スリムJr.



その姿は本当に無邪気で、心の底から楽しんでいる。
エメラルドグリーンの海を背に、真っ黒な肌、笑顔がとびっきり輝く。
子供達が長い手足で水飛沫を飛ばしてはしゃぐ風景は、
どんな世界よりも美しい。


お金も何も使わない。
彼(女)らはそこにある自然であれだけずっと、
あれだけとびっきり楽しむことができる。

素敵な人生だと思う。
子供達は、見ているこっちにも、それを少し分けてくれた。


疲れて眠るスリムJr

観光客の白人は我が物顔だけど、ここはやっぱり彼らの海だ。

safari2 バナナ祭り

この旅の目的、バナナ祭り。
なのに朝から調子が悪い・・。
長旅の疲れだろうか、微熱がある。
しかし珍祭。休むわけにはいかないので、がんばって体を動かす。

バナナ祭りはザンジバル南部のmakunduchiで行われる。
同行するザンジバル隊員の同僚、スリム一家も一緒に行くことになった。

軽い緊張を胸にバナナ祭り会場に行ってみると・・
案の定観光客ばっかり。しかもただの広場。

しばらくすると、武装した警官がトラックにのってやってきた。
制服、ヘルメットにシールド、ライフルを手にした姿はまるでS.W.A.Tさながら。
こっちに来て初めてみた警官の威圧感。
驚いている俺の隣では、スリムの家族が興奮して話しかけてくる。
「あの一番後ろの警官は女だ!間違いない!!ほら!ほら見てみろ!」
・・そんなのどうでもいいから!!驚くところ違うから!!
後で聞くと、祭りが盛り上がりすぎて暴動に変わってしまったり、
観光客に被害がでそうになると、彼らは銃を使うらしい。
この祭り、昔は人がよく死ぬ祭りだったらしい。

しばらくぼーっと待っていると、向こうから20人位のグループが
大きな掛け声を出して駆け足で寄ってくる。若い成人の男だけ。
それが過ぎると、後からまた別のグループ。
いよいよ始まるらしい。テンションが上がる。


でもよく見てみると、手には見るからに堅そうな棒を持っている。
あれ?バナナは??


なるほど、バナナの茎とか葉の芯とか、敢えて堅い部位で殴りあうらしい。
バナナの実で殴る様子を想像してた俺。
皮を剥いてから殴るの?とかそんな甘ったれた質問が出てくるレベルじゃない。
完全に棒です。しかも乾かしたのかなんなのか、コチコチのこん棒みたいな堅さ。
さらにはバナナのどの部分かわからないけど、ムチみたいに加工した
武器を持っている輩もいる。これは痛そうだ。

いくつかのグループに分かれて、しばらく広場をぐるぐると回る。
そのグループ同士がどこかでぶつかった時、バトルが開始される。

とりあえず写真。

基本は1対1で、本気で殴りあう。
最初の方は殴り合いにもお互い若干の理性が残ってるけど、
終盤はテンションが上がって、殺気が漲ってくる。目が変わる。

たくさんの場所で同時に殴り合いが起こり、
視界が妨げられる程たくさんの砂埃が起こる。
殴り合いを取り囲む観光客は巻き込まれないようにと、
対戦者の動きに合わせて一定の距離を保ちながら対戦者を囲むように動き続ける。
しかし終盤は対戦者の動きが速すぎて巻き込まれたり、
またすぐ近くでいきなり対戦が始まったりして、観光客も逃げ回っていた。

中にはバズーカ(?)で応戦する輩も。

女達は殴り合いに参加しないが、男達同様、グループになって広場を走り回る。
皆、着てるのはカンガ。

殴り合いが1時間近く続き、
最後は会場の真ん中にバナナのキャンプファイヤーを作り、
火をつけてその周りで踊り、祭りが終了する。・・らしい。
最後の所は残念ながらダウンして見られなかった。

本当にユニークで、面白い祭りだった。
インパクトが強すぎて、それ以外に感想が見当たらない。
見に来てよかった!


彼らが入場の時に出していた掛け声は部族語で、放送禁止用語らしい。
「エイズを持った○○コ」とか、下品な言葉でテンションを高めるのと同時に、
この祭り、エイズ啓発の目的もあるのだとか。
一年の始まり(イスラム暦)に殴り合うことによって自分を戒める(この辺は曖昧)ことによって欲望を抑え、
一年を良いものにする狙いがあるらしい。

safari2 Zanzibar

7/19 Dar -> Zanzibar

フェリーで片道2時間程。
タンザニアきってのリゾート地、Zanzibarに到着。
ここで、バナナ祭りがある。
Zanzibarは2つの島、ウングジャ島とペンバー島からなり、
欧州のリゾート地として有名。
キレイな海、世界遺産にも登録されているストーンタウン、
奴隷貿易の跡地など、数々の見どころがある。

今はタンザニアの一部だけど、昔は別の国だったらしい。
その名残で、今でも本土とザンジバルは別々の行政だし、イスラム色が
すごく濃いから、本土とは雰囲気が違う。
また観光地だけあって、町を歩いていても外人ばっかり。
欧州、アジア、近くのケニアや南アからなんかも結構人が来ているらしい。

この日はストーンタウンを歩いてショッピング。
入り組んでて、まるで迷路みたい。土地勘がないと完全に迷子になる。
道路の専門家によると、古くからアラブ人の手が入った町は、
道が碁盤の目状になっておらず、複数のつむじから放射状に
広がる様な不規則な作りをしている。だから5又や6又の交差点が多い。



首都のDarも中心部は同じ作りだけど、このつくりは渋滞を多発し、
国の発展に影響するのだそう。


ここのモノは全て値段が高いけど、クオリティーが高い。
白人が観光客向けに店を出している店もある。
スワヒリ語に慣れた俺には、英語で接客されると怖気づいてしまう。
日本で、日本人が外人をみると逃げる心理が分かる。

ザンジバルコーヒーを飲んだり、コーランが響く夕方のイスラムの町を
眺めてみたりしてザンジバルを観光した。

safari2 Dar Es Salaam

7/18 Iringa -> Dar


移動時間8時間程だったかな?
この道のりは、途中でミクミ国立動物公園を通過する。
だから、運が良ければ動物が見える。

日頃の行いが幸いしたのか、見えました。
キリンやゾウにガゼル、バッファローの大群が。・・チョロっとだけ。
まだ動物公園には行ったことないけど、楽しみになった。

道中、バスの中でランチボックスを左手に持ち、右手にフォークを持って
ご飯を食べているタンザニア人を発見。これに驚いた。
馬鹿にするわけじゃないけど、南東部と比べてなんて近代的なんだろう。
まず、南東部のバスでランチボックスを売っている所なんてない!!
それにフォークで食べる所なんてみたことがない!!
手でそのまま食べる人が多いし、いつも出てくるのは大抵スプーンだけ。


ちなみに、南東部のバスに乗ってておなかが空いたら、
  1.バスが止まるのを待つ
  2.物売りがワラワラ寄ってくる
  3.窓から買う(ビスケット、鶏やエビ、タコのから揚げをそのまま皿から拾う)
  4.当然、手で食べる
  5.窓からごみを投げ捨てる(エビの殻とか、鶏の骨とか)
  6.服か、席のシートで手を拭う

もう慣れちゃってるけど、改めてこうやって書くと汚い。
しかもそれを実践しちゃってるわけだから、日本に向けて書くと、恥ずかしい。


ダルに到着し、ドミに荷物を置いて、中華料理を食べに行って終了。
中華が食べられるなんて、やっぱりダルは都会だ。。

safari2 ishimila遺跡

7/17 移動なし

久しぶりにバス移動がない日。
Iringaの郊外にある、イシミラ遺跡に行ってきた。

長い年月をかけて空気と水によって削られ、棒状の塔だけがまるで地面から
生えてきたかのような形で残された自然の造形物。
乾燥した岩地を抜けて、その風景を目にした時は本当に息を呑んだ。

言葉にならない。





最先端の科学は、「人間が地球の頂点に立っている」様な気分にさせてくれる。
けどここに立つと、自分がどれだけちっぽけな存在かを思い知らされる。



よく、人が敵わない力に対して、「神秘的」だとか、「神の創造物」なんて表現をしたりする。
ここに立つと、神はどこかに「いる」わけではなく、今ここに「ある」
自然そのものがそれなのではないかと思えてしまうほどだ。



この創造物は神々しい。

safari2 Iringa

7/16 rungemba->Iringa

rungembaから、バスで2時間程。
町全体に無線LANが飛ぶと言われるIringaは、山の斜面に作った町という感じ。
水、電気ともに整備された、まさに都市。高台から見下ろす町並みはまるで
ポストカードのよう。
エクアドルのキトを思い出させる町並みだった。
バススタンドも、地面がアスファルト!

晩御飯の食材を手に入れる為に市場にいった。市場も大きい!

レタス、アボガド、ホウレンソウ、なんでも揃う。
今まで見たタンザニアの町の中で、一番綺麗で、住みやすそうな町だと思う。




家で料理して、お風呂入って、おいしいお酒を飲んで、

ぐっすり休んだ。

safari2 rungemba

午前中にNjombeの職業訓練校を視察。
Songea vetaほどではなかったけど、綺麗で、スタッフの方にも本当に
よくしてもらいました。
職員会議にも出席させてもらった。教師ではない俺には貴重な体験。
だけど、そこでの議題は同僚の結婚式に送るプレゼントを包む包装紙は、
500シリングの箱がいいか300シリングの紙がいいか。)笑
先生が15人くらい集まって、その話題を15分位してました。議題はこれだけ。
はたしてこれは議題にする内容なのだろうか・・。


前日にSongeaでかったバナナの酒を捨てる。
ペットボトルに入れて保管しておいたら、破裂寸前まで膨張してた。どうやら発酵が進んだらしい。ものすごく臭い。
出発前に、Njombeで食べたローカルご飯がおいしかった!!
その他Njombeでは、チーズなどの乳製品が買える。
やっぱりマサシは敵わない。


7/15 Njombe->rungemba
移動時間4時間。ここにきて、この1週間毎日バス移動
していることに気付く。まるでバス中毒。
水曜どうでしょうみたい。
でもバスの質から言えば、どうでしょうより苦痛は上。大泉より上。

rungembaは、タンザニアの大都市のひとつIringaの近くにある小さな村。
隊員が住んでいるという事なので、お邪魔することに。
電気も水道もない街だけど、ものすごくきれいな景色と、清々しい空気、
穏やかな村の雰囲気に、またマサシの黒星が一つ増えた。



隊員にすごくおいしい料理(イタリアン!!)を御馳走してもらって、
おいしいお酒をのんで、ぐっすりバス疲れをとらせてもらいました。

safari2 Njombe

Songea Vetaを訪問。
Vetaは技術訓練校。タンザニア全土にいくつかある。

SongeaのVetaはOPECから出資を受けているらしく、ものすごくきれい。
コンピュータ教室も見学させてもらったけど、きちんとした教育を受けた講師が、
しっかりとコンピュータを教えてた。マサシとは別の国みたいだった。



バナナの酒があると聞き、バイクにニケツしてつれてってもらう。
ありました。密造酒だろうけど、糠のような味がしてあまりおいしくない。
でも1L300シル(30円位)と、安い。話のタネに買ってみた。


バナナを煮込んで、発酵させるらしい

7/14 Songea -> Njombe
乗車時間は6時間程?南西部では比較的田舎のNjombeへ向かう。
舗装路なので快適だったが、スピードを出すから
怖かった。。

Songeaはマサシより田舎だろう、なんてタカをくくっていったけど、
完全に負けてました。南西部にマサシ以下の町なんてないんだろうな。

Njombeで竹のお酒を御馳走してもらったけど、これがうまかった。
フルーティな香りで、ちょうどいい甘さ。
腐りやすいけど、日本でも売れるのでは?と思った。

↑へんな人

Songeaもやっぱり寒くて、寝る時も外を歩くときもダウン来てました。

safari2 Mbingaコーヒー

Mbingaにはコーヒー工場がある。
せっかくなのでコーヒー好きの隊員(同行している)2人と共に
コーヒー工場を見学することに。

飛び込みで行ってみたけど、運よくエライ人がつかまって、
隅々案内してもらえた。汚い工場だったけど、
「へぇ~」の連続でした。コーヒーの実を生で食べたりできた。





7/13 Mbinga->Kigonsela
バスで移動しようとしたものの、満員だし便が少ないので、
タクシーで行くことに。タクシーで1時間程度。kigonselaへ。
隊員の職場と家にお邪魔して、めっちゃウマイご飯まで頂いた。



隊員の家に日本の雑誌「smart」があった。日本にいる時とは視点が違うから、
いつもは見ない雑誌でも楽しめました。
「古い形の鍵がモチーフのキーホルダー」
  ⇒「今俺が使ってるカギだよ!」
「ワイルド」⇒「アフリカで生活してみなさい」
みたいな。ここに住んでると突っ込みどころ満載。
涼しい顔して「サファリ」とか書いてある雑誌に、隊員同士で盛り上がる。
それと、ちんかめヌード。穴があくほど見ました。
やっぱ日本人キレイだわぁ・・。タンザニア人のおっぱい興奮しないもん。。





Kigonsela->Songea
ちんかめに後ろ髪を引かれる思いでSongeaに戻ってきた。
乗車時間3時間位。座れなかったからきつかった。

隊員の家で、お好み焼きやソーセージを頂き、お酒を飲んで楽しんだ。
よっぱらいの図

safari2 マラウイ湖

7/11 Songea->Mbinga->Mbanba bay

朝6時のバスに乗車。
片道9時間、途中でバスの乗り換えがある。
山岳地帯を抜けて、マラウイ湖に向かう。
スピードが遅く、寒いのにバスの窓が、前後の席に1枚しかない。。
前の席の窓を閉めると、後ろの席の窓があく。※引戸が一枚しかないイメージ
まぁどっちを閉めても寒いし、砂埃がすごい。このバスが一番しんどかった。。

夕方、マラウイ湖に到着。
夕焼けと、綺麗な湖に夕日が沈んでいくところが綺麗で、強く印象に残った。







マラウイ湖では、夜漁にでる。
ライトを照らして集まってきた魚をとるらしい。
夜はこんな風景が。



ただマラウイ湖は見た目きれいだけど、住血吸虫がいる恐ろしい湖。

宿泊したゲストハウスからはマラウイ湖が展望できて、最高だった。
久しぶりにきれいなベットで寝られて、ご飯もおいしかった。
外で観光できたのは3時間程度。次来る事があったら、もう少しゆっくりしよう。。


7/12 Mbanba bay->Mbinga

この日も朝6時のバスに乗って、往路で通過したMbingaに向かう。
片道6時間位だったかな?Mbinga寒い!!


Mbingaの市場を見たり、街をぶらぶら観光して、禊ぎのような水風呂を浴びて、
汚いゲストハウスのベットでダウンを着て寝た。
夜中、寒くて目が覚めた。

safari2 トゥンドゥール越え

7/9 masasi->tunduru

早速未舗装路。大きく揺れる小型マイクロバスが満員。
前の席とのスペースがやたら狭くて、膝が前のシートに当たって痛かった。。

途中、隊員が作ってくれたおにぎりを食べてたら、タンザニア人に

「おかずもなしにコメだけで食べるのか」と冷やかされたので、

梅干しのおにぎりを少し食べさせたら案の定、食べた瞬間固まって、

真顔で「うまい」と言った。笑
この日の乗車時間は6時間位だったかな?トゥンドゥールで一泊。

トゥンドゥールは宝石の町と聞いていた。確かに宝石店が多い。
冷やかしに店に入ってみると。宝石は買い取りしかしていないとのこと。
そうですかそうですか。。


7/10 tunduru->songea
朝5時に起きて、songeaに向かうバスに乗車。

ここからの道が厳しい。
揺れる揺れる、ひたすら揺れる。
バスが上下前後左右にグラインドする。砂埃がすごい。
出発して4時間程。バスの後部席が地獄絵図と化した。
ちなみに俺が座ってたのも後部席。(一般的に、バスは後部席の揺れが酷い)



まず斜め前の席で子供が吐く。※匂う
すると近くのタンザニア人が騒ぎだす。※みんな酔いで苦しそう
乗じて、タンザニア人が抱えてる鶏が暴れだす。※日本ではありえないけど、鶏を抱いて乗っている人はわりと一般的
子供がお漏らしする。※バスの床が濡れていることに気がつく
避けるためにバックパックを持ち上げて膝に置く※結構重い

隣の席で、親の膝の上に座ってる子供がもらいゲロする※俺の靴にかかる


俺は幸い車酔いしないからよかったけど、この環境は苦しかった。
臭いし、逃げ場がないから心理的にやられる。
ずっと重い荷物を膝の上に抱えてたから疲れたし。
流石トゥンドゥール越え。噂通りの難関でした。

この日の乗車時間は8時間位だったかな?
songea隊員と一緒にごはんを食べ、ゲストハウスで一泊。
songeaの気候はmasasiと大違い!すごくさむい!
鳥肌全開我慢して水シャワーを浴びた。シャンプーで頭を洗うと、泡が砂で赤茶色い・・。。
禊ぎのような風呂上り、唇が青くなった。
震えながら、ウイスキーを買いにいき、その場で一気。
ホントにタンザニアのウイスキーってマズイ。。
少しあったまった処で、日本から着てきたダウンジャケットを着て寝ました。

Safari2 出発

safariは日本でもよく聞く(タイトルの雑誌もある)スワヒリ語だけど、

日本語では「旅」。
今月は電気もインターネットもないから、思い切ってsafariに行ってきた。

目的は、世界三大珍祭の一つに数えられる、「バナナ祭」を見ること。

詳細は知らないが、とにかく人々がバナナで叩き合うらしい。
なんて面白い祭り!皮は剥いてから叩くのだろうか。
ザンジバルで、今月20日に開催されるそうだ。
こんな祭り、タンザニアに住んでなければみることができない。

マサシからザンジバルは、タンザニア海岸線をつたって北上すれば2日で着く。
移動時間は13時間程度。しかし今回はこの道を選ばない。

今回は、南西部を迂回してザンジバルに向かう。南西部も一緒に
観光してしまおうというなんとも欲張りな旅。
その移動距離はゆうに2,000Kmを超える。
タンザニアの国土の半分ちかくを一周することになる。



タンザニア南西部(masasiより西)は殆どが未舗装路で、地理的に山岳地帯に
なる為、その移動(バス)はすこぶる乗り心地が悪い。
特にmasasi⇒songea間は道が悪く、古くから隊員の間では

「トゥンドゥール越え」と言われ、忌み嫌われてきた道であり、
これを使うことは旅の荒業である。
今回はそれを、やる。Mの血が騒ぐ。

賞味期限

一日中停電してるし、時間に余裕があるから

家で日本食の整理をしてみた。

日本から持ってきたり、送ってもらったり、

帰国隊員からもらったりして、結構な数の日本食があったけど、

殆どが賞味期限切れになっていて驚いた。もったいない・・。

お茶漬けとか1年以上過ぎてた。まぁ食べるけど。。


日本食って、どのタイミングで食べていいか分からない。

いざ日本がやたら恋しくなったり、日本食が無性に食べたくなって

気が狂いそうになった時は食べるだろうけど、そんなことは思ったことがない。

でも食べないのも勿体無いし・・。

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