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Safari8 Ngorongoro⇒Tarangire

Ngorongoroのホテルはワイルドライフロッジ。
バスタブ付きの超豪華ホテル。
・・日本水準だと「ちょっといいホテル」位かも。

Ngorongoroではサイやサーバルキャットが見れたのが嬉しかった。
ただ、どの動物も人間慣れしていて、近づいても逃げないのが残念。
Ngorongoroの動物は大体Ruwahaでも見る事ができるので、
動物を見るだけならRuwahaの方が見やすいし、面白い。

でもやっぱり、なんと言ってもNgorongoroの風景は絶対にいい。
ここでしか見れないこの景色は、タンザニアに長く滞在するなら行った方がいい。



翌日、Amaniの運転でTarangire国立公園と、oldupai渓谷に向かう。
oldupaiは、原人の化石が見つかったとされる場所だが、特に感動できなかった。
そしてTarangireは、Ruwahaに風景が似てるし、見れる動物も似てた。残念。

途中でウガリ食べたり、Amaniの与太話があって、旅自体は面白かった。

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Safari8 Arusha⇒Ngorongoro

日本からの同僚を迎えてタンザニア案内&観光をする。

今回の中心は北部。今まで行った事のないArusha, Ngorongoro近辺を
中心にSafariする。

同僚を無事に迎え、やっぱり日本人は白いと感じる。
二人とも麦わら帽をかぶっていて、日本の最近のファッションに疎くなっている
ことを痛感。そして不思議なものが流行るなぁと思う。
その晩はタンザニアのローカルフードとビールをご馳走し、早めに寝る。


翌日早朝、飛行機でArushaへ。
北部なので寒さを覚悟していたら、以外に温かくて驚く。
現地の観光会社に迎えられ、今回の旅で出来た友達、ドライバー兼ガイドの
Amani(平和の意)と初対面。

やっぱチャガ族。背が高く、スマートで賢そう。
実際に話してみても、日本人の論理的な考え方に近く、時間に縛られた
旅行客を相手にしている為か、計画性があって、選択肢を多く持っている。

勿論人によるのだが、多くのタンザニア人は「選択肢」が見えていない。
選択肢はその先にあるものを認識して初めて成立する為、先を考えない民族性は、
多くの選択肢を考えることがない。

Amaniと食事していて驚いたのは、昼食のサンドイッチを残したこと。
その理由を聞くと、「マヨネーズ入りのサンドイッチはたべない。
なぜならニキビができてしまうから。」と答えた。
彼の頭の中では、健康の為に「我慢する」という選択肢が見えているのだ。
南東部でこんな人は見た事がない。ダルにだってきっと少ないだろう。
こんな、先を考えて自分を自制することができる人が集まれば、
そのコミュニティは成長するだろう。

でも、「美容の為にマヨネーズは食べません」なんて男はどうかと思うぞ、
Amani。本人にはいってないけど。


この日はほぼ移動。
夕方Ngorongoroに到着。
Ngorongoroは地殻変動によって生じたクレーターが特徴的な動物公園。

高台から、初めてクレーターの中を覗いた時は息を呑んだ。
壮大な景観が、目の前に広がる。
文章にするとなんとも平坦だが、ただただ、驚く。

地球をそのまま縮小した様な環境のこのクレーターの中に、
数多くの動物が生息している。まるでノアの箱舟。


クレーターの周りも、南東部とは全く違う景色、そこに住む民族の顔も違う。

起伏のある広い草原に、高地特有のからっとした涼しい風。
空はどんよりと暗くて、マサイシュカ(布)の鮮やかな色が映える。
画になる。

Amaniのお勧めで付近のマサイ村へ。
部族内での会話はマサイ語が主で、食事は家畜の血と肉、乳のみ。
野菜が宗教的に禁止されているわけではなく、文化的に食べないだけらしい。
牛糞で作られた家が30軒程度並び、それが一つの集落となる。
男女合わせて300人位が生活し、村内に学校も建てられている。
学ぶのはスワヒリ語と英語、算数。

マサイ族は「特別」な民族。
遊牧民族の為パスポートを持たずにケニアとタンザニア間を行き来でき、
部族の規律が厳しい為に窃盗などの犯罪をしない、気高い民族として、
警備員によく雇われる。

家畜を守る為に大型肉食獣と戦うなんて事もあるそうだ。
外の近代的な生活から自分の文化を守り、何百年続く生活を続けていく
誇り高き民族。その右手に携帯を持っていなければもっといいのだが。。


しかし、なぜか同じタンザニア人からはあまり好かれていないらしい。

Safari8 出発

8回目のSafari。

既に触れたようにSafariは世界でもよく知られたスワヒリ語で、
意味は個人旅行や出張など、旅全てを指す。
日本人の言語感では、「動物ツアー」なるのだろうか。


今回のSafariも盛り沢山。
日本から同僚が来たり、ダルで他の隊員と協力して久しぶりにシステムを
開発したり、E-learningソフトを作ったり。
今回は、1ヶ月以上マサシを空けることになる。

1年を終えて、活動の中心が配属先から外に出た。
「マサシ県庁でコンピュータを使うこと」よりも、コンピュータを
より広く、より便利に、より効果的に使ってもらう為に、
もっと大きな枠で動くようになった。


もちろん、まだ配属先でやらなくてはいけないこともある。
コンピュータの管理だって、県庁のWEBサイトだってそうだ。

しかし1年を過ぎた時点で、マサシで電気を待つよりも、
外に出てより影響力の強い活動がしたいと考えるようになった。

今になって電気が安定しだしているものの、配属以来
「マサシにコンピュータは未だ早い」という考えが頭の中から消えない。



溜め水用のバケツを、藻が生えない様に掃除して、
部屋の物全てに布をかけて埃よけをして、準備万全で家を出発した。
※南東部の家は窓がないのが普通。だから乾季のこの時期、埃が入って大変。


思えばマサシに住む事ができるのも、後片手で数えられる程に
なってしまっている。

病床

久しぶりに体調を壊した。

もうここに来て1年半経つが、実はマサシで今回の様に寝込む程、
体を壊した事はなかった。
日本では年に2回位熱を出していたし、今でもダルに上がると風邪を引いたり、
下痢したりするものの、マサシに帰るとそれが嘘のように治ってしまう。

水を切り詰めて、こんなに不衛生な暮らしをしているのに、
なぜかマサシでは健康で生活している山田マサシ。体に合っているのだろうか。


でも、今回はキツかった。。3日3晩に渡る高熱と下痢。
マラリアチェックのしすぎで指先が穴だらけになったし、下痢に至っては
体内でグルグルと犬が唸る音が、ある時から突然、小川のせせらぎに変わった。
腸をサラサラーっと流れていく感じ。
なにしろ原因が分からないだけに気持ちが悪い。


うれしかったのは、
療養中も、隊員を始め沢山の現地人からお見舞いの電話を貰った事。
お手伝いのダダは毎日電話をかけてくれるし、夜警も気にかけてくれる。
ダルの友達や、マサシのホテルのマネージャーまで。

久々にヤラレたけど、周りの人の優しさが身に染みた。
誰かが病気をすればすぐに広まり、お見舞いをしてくれる。
そんな人同士の温もりが、マサシの民間医療に一役買っているのかもしれない。

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